福岡県北九州市小倉南区のお客様 純銀盃 買取しました!
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おたからや小倉守恒店の斉藤です。
今回は、北九州市小倉南区のお客様より、純銀盃をお買取りさせていただきありがとうございました。
銀杯(ぎんぱい)の歴史は、「神聖な儀礼の道具」から「富と権力の象徴」、そして現代の「国からの栄誉・長寿の祝い品」へと移り変わってきた歴史を持っています。
紀元前2500年頃の古代ギリシャ時代から、銀器は神と人間をつなぐ神聖なアイテムとして重宝されていました。
古代ローマや中国の宮廷(紀元前2世紀頃)において、銀製の箸や器は皇帝や上流階級だけが持てる贅沢品でした。
中世ヨーロッパでは、銀が「砷(ヒ素)」などの毒に反応して黒く変色する性質から、王侯貴族が毒味用の器として銀杯や銀食器を愛用しました。
日本において銀杯は、個人の日常使いというよりも、国家や皇室からの特別な贈り物(恩賜・賞杯)として独自の歴史を歩んできました。
明治時代より前からも、功績のあった家臣や絵師、学者などに対して、天皇や将軍から特別な褒美として銀杯が贈られる文化がありました。
明治政府が国家の勲章制度を整えた際、勲章に準じる栄誉として、公務や社会に貢献した人物に「菊紋」や「桐紋」の入った銀杯(賞杯)を授与する仕組みが正式に確立されました。
現在でも、亡くなった功労者への叙位・叙勲の際に「賜銀杯一組」として遺族に贈られるケースがあります。
現代の日本人が「銀杯」と聞いて最も馴染み深いのが、100歳を迎えた高齢者に国から贈られる記念品です。
1963年(昭和38年)から、老人福祉法の制定を記念し、内閣総理大臣から100歳に達した高齢者へお祝い状と「純銀製の銀杯」を贈る事業が始まりました。
開始された1963年度、日本全国で100歳以上の高齢者はわずか153人しかおらず、非常に希少で名誉ある贈り物でした。
100歳以上の高齢者は2000年代に激増し、毎年数万人が新たに大台を迎えるようになりました。
それまで1個あたり約7,600円かかっていた「純銀製」の銀杯は、国の予算(税金)を圧迫することになりました。
そのため2016年度(平成28年度)からは、銅・亜鉛・ニッケルの合金に銀メッキを施した「洋銀製」へと変更され、コストが約半減されました。
当店もブランド品はもちろん、時計・アクセサリー・貴金属・商品券・切手・古銭・古美術品・家電製品など多種多様にお買取を致しておりますので、お気軽にお立ち寄りください。
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